『31事件』Thermo Cross開発のきっかけ。

自分達の中では「31事件」と呼んでいます。いつも通っている慣れ親しんだ余市岳で、ちょっとした事から遭難しかけた話です。でも、これで多くの事を学んだ気がします。失敗した事をお話しするのは、恥ずかしい事ですが、みなさんが同じ様な場面に遭遇した場合助かる人がいればいいなと思い記す事にしました。ことわざで「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というのがありますが、山の場合は即命に関わるので、身近な人の失敗談(歴史)で武装してください。経験した時点で即ち遭難ですからね。そして、楽しく安全に雪山に入りましょう。

今回学んだ事
1)iPhoneは冷える電源が落ちる。
2)雪山では他のグループと合流しない事。
3)行動は一番遅い人に合わせるしかない。
4)1つの失敗では問題を回避できるが、失敗が複数重なると遭難する。


<余市岳ってどんなんとこ?>
余市岳に行くには国際スキー場からも行けるけど、キロロ スキー場のゴンドラを利用してアプローチするのが最短で一般的です。
そしてコース外滑走するためにマウンテンセンター2階で手続きが必要になります。余市岳南東面は斜度30度、高低差300m、幅のある大斜面で極上のパウダーを大人数でも楽しめることから、札幌近郊の人気の山の一つです。
最後の急登が始まる肩までは平であることから「飛行場」と呼ばれ、かなり緩やかな3又の尾根になっています。
その一つが、キロロ スキー場のゴンドラ乗り場、もう一つが余市岳、そして朝里岳経由で国際スキー場へとつながっています。
そしてこの飛行場。平すぎて視界が悪いとルートが分からなくなることで有名なのです。
自分にとって余市岳はルート上の地形も頭に入っており、GPSもあることからガスって視界が無い状態でも何度も通っている場所なのですが・・・。

2018年12月31日
<ドイツ人を気にかけてくれって言われても・・・>

事件当日、12月31日、全国的にお休みの大晦日。やっと忙しかった1年も終わり、晴れやかな気分。しかも前日降雪が有り、パウダーが期待できます。さぞや混んでることかと思いきや、受付がなぜか空いている。はて??不思議に思いカウンターで申請手続きをしていると、降雪直後で雪が不安定であることが予測されるので、滑走には充分注意するように言われた。しかしせっかく来たから、ダメ元で行ってみる事にしました。そして受付担当者から思いがけぬお願いをされました。「ドイツ人の二人が余市岳方面に行くって言ってたのだけど心配なので、会うことがあったら気にかけて欲しいんだけど、お願いしますね。・・・」さすが世界的に人気のパウダーリゾート、OGだけでなくドイツからも来るんだなと感心しながら、自分としては現地で合うかどうかもわからないので適当な返事をしてその場は終わりました。昔ドイツ人にお世話になったこともあるので、まあいっか!くらいの感じです。まさかこれが、遭難のきっかけになるとは思いませんでした。

<ピットテスト>
スキー場最上部であるゴンドラ降り場(地点A)に到着、ゲートのテントの中に担当者がいて、申請済かチェックされます。そしてコース外の飛行場へ。今日のメンバーは3人、自分はスプリットボード、二人はスノーシュー。このうち一人は初参加。大晦日滑り納めパウダーを目指して出発しました。視界は悪いけど問題なく飛行場を通り過ぎ、急登が始まる肩(地点B)に到着。受付で、積雪の不安定を指摘されていたこともあり滑る斜面でテスト開始。シャベルコンプレッションテストとスノーシューでジャンプテストを行い、問題ないと判断。これで、滑れると思いテンションが上がりました。Wowやるぞ~~パウダー待ってろよ~~って感じです。

<中途半端な合流>
急登しているときにどこからともなく例のドイツ人が追いついてきて、遅れているメンバーと何やら話をしています。ドイツ人は男女2人。マウンテンクラブの受付で言われていたこともあり、いつの間にか中途半端に合流する状態になりました。今シーズンは雪が少なくまだ帰るルートの谷が埋まっていないので、ゴンドラ降り場まで徒歩で帰ることになります。滑ってスキー場に帰れないを考慮してドロップ地点をいつもの手前に取り、時間内に2回滑走する事にしました。滑るラインとか、注意事項を伝達した後に滑走開始。(地点C)極上の斜面を声を上げながら全身でパウダーを浴びまくり、その浮遊感に酔いしれました。してもう一本。5人で貸し切りだったので好きなラインを自由に滑れて最高の気分を味わいました。

晴天時の余市岳南東斜面

<道迷い>
帰途につくため、肩(地点B)まで出たところから、ドイツ人2人組はこちらを顧みず自分たちの早いペースで先行してしまいました。スノーシューメンバーのペースが遅くついていけません。視界は20m〜50m、吹雪で二人が見えたり隠れたりしています。遠目に行動を見守るしかありません。

そうこうしているうちに、ゲレンデに戻るおかえりコースのスタート地点(地点D)を通過。さらに、1500mほど歩いた分岐(地点E)でゴンドラ降り場方向に向かうはずが、なんとドイツ人二人は真っ直ぐ朝里岳・国際スキー場方面に向かって行きます。声をかけようにも吹雪で声が届きません。スノーシューメンバーのペースが上がらず、ドイツ人との中間に自分を置きました。先行するドイツ人もメンバーも吹雪く中で見えたり隠れたり。急いでドイツ人に追いつけば、自分のメンバーを見失うことになってしまします。最悪メンバーを優先するしかないが、そうなるとドイツ人2人を見殺しにする事になります。もしそんな事になったら、自分の責任なのか?そんなことが頭の中をグルグルしながら、前後を確認しながら間違った方向に歩き続けるドイツ人に引きずられる様に歩いていました。こんな状態をハラハラしながらしばらく続けていると、ドイツ人がやっと間違いに気づいたらしく、こちらに引き返して来ました。自分のところまで辿り着いたところで、「方向が間違っていましたね、こっちですよ。」と英語で伝え、やっと5人が合流しゴンドラ降り場方面に向かう事になりました。この時点で、朝里岳山頂付近まで来ていました。(地点F)

<iPhoneの電源が落ちる。>
この時、朝里岳方面へ無駄に歩いたせいでメンバーの疲労が濃くなりペースダウンを強いられました。さらに、ここからの地形は頭に入っていないため、GPSを頼りに歩いて行きました。視界が10m程度しかなく目標物のない状態なので、ウエアからiphoneを出しっぱなしの状態で使う事になりました。しかししばらくすると、iphoneの電源が落ちてしまいました。電池が無くなったのかと思い充電器を接続するも、電源が入ることはありませんでした。この頃はまだ、iphoneが冷えて電源が落ちる話はあまり知られていませんでした。

<体力の限界>
仕方なく方位磁石を頼りに歩いて行きました。

すると、視界が少し良くなったときに見慣れた地形であったことに気が付きます。ただそこは、スキー場のゴンドラ降り場方面ではなく、分岐(地点E)から余市岳側に700mほど行き過ぎた場所でした。(地点G)でもここからは、地形が頭に入っているのでスキー場側に歩いていけると思いました。ところが、雪の深いところにルートをとってしまったのでスノーシューだとなかなかついて来れません。これでメンバーの体力をさらに消耗してしまいました。そしてメンバーの一人がとうとう動けなくなり立ち往生してしまいました。寒い中、時間だけが過ぎて行きます。すると、ドイツ人男性が自ら進み出てメンバーのボードを背負ってくれたのです。さらにドイツ人女性のアンドロイドは生きていたので、確認しながら無事スキー場まで到着することが出来ました。(地点A)最後は助けたつもりが、逆に助けられました。

<後日談>別の友人とこの話をしていたところ、「外人さんについて来させちゃ危ないよ」と言われました。何かあったときに訴訟を起こされるかもしれないと・・・。「ついていったら遭難したから、お前が悪い」外国は訴訟社会なので、善意すら仇となります、ご注意を!!

<31事件の一人反省会>
失敗を放置するとただの失敗。反省し改善することで、良い経験となります。

1)iPhoneは冷えると電源が落ちる。
iPhoneのアルミ躯体は熱伝導率が高く、発熱を効率よく放熱してくれます。さらにCPUが専用の設計なので無駄が無く発熱が少ない、つまり省電力で作動する高性能な仕様なのです。しかし、低温下では熱を奪われ電池を冷やすこととなるのです。視界が無く、GPSで行動することが続くと外気にさらされたiPhoneの電池は冷やされてシャットダウンすることとなります。逆に、プラスチック躯体の製品は熱伝導率が低く、汎用性を求められるCPUは発熱量が多いので、低温によるシャットダウンが起こりにくいとも言えます。高性能でカッコ良いiPhoneは注意が必要です。

対策1)使い方の改善
電池を冷やさないために取り出しの回数・時間を減らす。この時、コンパスを併用することをお勧めします。主にコンパスで方向を定め、時々iPhoneを取り出してGPSで位置を確認する。これには練習が必要です、ぶっつけ本番では上手く使えません。
対策2)iPhoneの保温iPhoneにカイロを貼って保温する。
体に近い場所に収納して体温で温める。それにしても、道に迷いGPSを頻繁に使わなければいけない状況になったら出しっぱなしですよね・・・

2)雪山では他のグループと合流しない事。
いつも一緒に登っている人ならばその人の体力と技量が分かります。それを元にペース配分が出来るので安心です。でも初めて一緒に行く人がいる場合は注意が必要です。なぜなら、チーム全体の行動は一番体力が無くペースの遅い人に合わせなければならないからです。なので、どんなペースで行動できるかが分からなくなります。ましてや、他のグループの人の体力・技量など知るはずがありません。それに人数が増えるとそれだけリスクも高くなります。リーダーが誰かも分からなくなったり、勝手な行動をする人も意外といるのです。一人でもそういう人がいるとグループ全体が危険にさらされます。そう言えば、ノマドの軍曹も絶対他のグループと絡まない様にしてました。休憩で他のグループと一緒になるとじっと動かず、そのグループが引き返せなくなる所まで行ったのを確認して、違うルートを選択していました。勉強になります。ガイドさんてすごいですね。改めて尊敬します。

3)行動は一番遅い人に合わせるしかない・・・が。
視界がなく、コンパスを頼りにしていると、速さX時間で歩いた距離を概算します。遅くても一定のペースで歩いてくれればいいのですが、本当に疲労困憊すると少し歩いてまた止まるの繰り返しになります。こうなると、一体どのくらい歩いたのか分からなくなります。そして、頻繁にGPSを頼りにしたくなり、iPhoneの電源喪失につながります。

4)1つの失敗では問題を回避できるが、失敗が複数重なると遭難する。
今回の問題点を挙げてみました。
・ドイツ人を気にかけてくれと頼まれた。
・英語のコミュニケーションが十分取れない。
・ドイツ人はペースが速く勝手に先に行ってしまう。
・ドイツ人チームが間違った方向に行ってしまう。
・ドイツ人が間違った方向に離れていった時の判断が出来ない。
・自分のチームにペースのわからない初めての人がいた。
・その人は体重に対してスノーシューが小さく体力の消耗が激しい。
・歩いたり止まったりを繰り返すと歩いた距離が分からない
・iPhoneの電源喪失(冷えて電源が落ちる事を知らなかった)

幸運だったことは
・Androidを持っている人がいた。
・ドイツ人が屈強で荷物を持ってくれた。
結果、帰ってこれたけど、これではいけないと反省しました。
今回の場合は一体どうすればよかったのでしょう?
①受付でドイツ人に気を使って欲しいと頼まれたが、はっきり断る。
②メンバーに、雪上行動中は他のグループと合流はしないと説明しておく。
③iPhoneの防寒対策。1)参照
自分が責任を取れる範囲は限られるので、例えそれが善行だったとしても、自分やメンバーを少しでも危険に晒すことは出来ないと思いました。これ以降、雪山で知らない人と会っても挨拶するだけの、ちょっと冷たい感じ?の人になってしまいました。本当はフレンドリー?なんだけど、山の中ではリスクを下げたいので仕方ないのです。